「教育のシゴト=◯◯になる」ことで得られる無限の可能性を秘めた世界
こんにちは。
FCでは実現できない、
あなただけの学習塾の創り方教えます。
個人塾起業の専門家 宮本一誠です。
「教育のシゴト=学校教員になる」
今はなくなりましたけど、
この方程式、ずっと私の頭にありました。
そもそもなぜ、
皆さんは学校の先生になろうと思うんでしょうか?
・子供とかかわるのが好きだから?…う~ん、
・公務員で安定しているから?…う~ん。
・部活の指導ができるから?…う~ん。
私は思うんです。
給料面においては、
・どんなに頑張っても変化なし、
年功序列で能力があっても自動設定。
生活面においては、
・教材研究の時間がないくらいの雑務
・平日は部活という名の残業+土日返上での指導
・家族や恋人と過ごすプライベートはほぼ無し
・朝は早くて夜は遅い生活
精神面においては、
・生徒にとってのあなたは、たまたま担当になったイチ教師。
・呼び捨てで呼ばれるし、愚痴も言われ、反抗もされる。
・教科教育では成長を望む心が徐々に削れていき、
授業はやがて淡々とこなす作業労働化
もし、「教育のシゴト=○○になる」
ことによって、
・生徒が先生を"選び"、
先生も生徒を"選べる"という、お互いに選択できる状態
・あなたが理想とする教育現場を創れて、精神的に充実
・月の報酬が200万円を超えて、経済的な余裕
・好きなように休みを設定できて、プライベートが充実
・まったく無意味な雑務がなく、生活リズムも自由自在
という状況が創れる選択肢があるとしたら、
あなたはそれでも学校の先生をやるんでしょうか?
私の提案する
○○とは、「塾長」です。
個人塾を創ることによって、上記のすべてが解決します。
上記の状況は、私が何の経験もない23歳で個人塾を創り、
たった1年でつくりあげた事実です。
教育の"当たり前"は変わります。
企業の名前に 生徒が集まる"当たり前"は、
→あなたの名前に 生徒が集まる"当たり前"へ。
教育で独立=制約だらけのFC塾という"当たり前"は
→志をかたちにした個人塾という"当たり前"へ。
教育とお金は水と油 自己犠牲の精神という"当たり前"は
→子どもの人生を豊かにし、 あなた自身も豊かになる!という"当たり前"へ。
全体主義、協調性 画一化された指導という"当たり前"は、
→徹底した個に応じた指導で、 十人十色の個性を伸ばす!という"当たり前"へ。
すべての当たり前は、
変えていくことができます。
そんな当たり前をぶち壊していく仲間を募り、
当たり前をぶち壊すための個人塾の創り方を、
私は伝えていきたいと思っています。
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